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「パラドックス」のライブ映像を観て(聴いて)みる!

 今日も「パラドックス」のライブを聴いてみます!これは昔、色々と録音や録画をしたアナログデータをデジタル化してPCに保存する作業の一環で、僕が30代の中盤頃に参加をして活動をしていた「パラドックス」と言うインストルメンタルのバンド。当時はHi8でハンディカムを使ってステージを録画。「パラドックス」のライブを録画したテープは約25本位かな?あるので、それを少しずつデジタル化しながらの視聴。

 今日は「パラドックス」の1stアルバムの発売記念ライブでしたが、今日は遡ること1992年8月19日、会場は芝浦のインク・スティック。どうも「パラドックス」の記念すべき初ライブのようです!

「パラドックス」の1992年8月19日の初ライブ!

 1曲目は1stアルバムに収録されている「ブロークン・バリケート」。バンドの代表的な曲でもあるこの曲では、僕はやりたい放題、弾きたい放題に弾いている感じ!そうですよね、この曲は文字通り「ブロークン・バリケート」なので!

 このバンドのリのーダー棚部さんとの出会いなんですが、僕がこの「パラドックス」と言うバンドに参加をするようになる少し前に、ブルーノート東京(今の場所に移る前のブルーノート東京)にジャズ・ギタリストのジョン・マクローリンのライブを、僕が当時ツアーの仕事を一緒にしていた先輩ミュージシャンと二人で観に行ったのです。するとその会場に棚部さんが、やはり先輩ミュージシャンと二人で観に来ていて、双方の先輩ミュージシャン同士が知り合いだった事から、その場でその二人が話し始めたことで、僕と棚部さんは初対面でしたが話しをするようになり、棚部さんの方から「今、ピアニストを探しているんだけど・・・」と、どうもバンドを作りたいと言う事で、当時ピアノを弾きたいと言う思いが強かった僕と考え方が一致し、その後棚部さんが、当時僕が住んでいたマンションにも遊びに来てくれて、それでトントン拍子に棚部さんのバンドに参加をするようになったのです!もしも僕か棚部さんのどちらかがその日、ブルーノート東京で行われるライブに行かなかったら、僕は「パラドックス」と言うバンドに参加をしていなかったのかも?知れません。それとも、縁あっていずれどこかで会う事になり、バンドに参加をしていたのかも知れません。

 この「パラドックス」の初代のメンバーは、バンドリーダーでギタリスト、そしてバンドの全て楽曲を作曲している棚部陽一さん、ベースの竹田弘樹さん、ドラムスの菅沼孝三君、そしてピアノの松田真人の4人。棚部さん曰く「それぞれの楽器のプロフェッショナルなミュージシャンを集めてバンドをやりたい!」と言うことのようでした。練習は確か狛江のリハーサルスタジオに、それこそ月一どころか、二週間に一度、もしかしたら週一位で集まって練習を重ねていたかも知れません。

 そして初ライブの方ですが、棚部さんのMCでは「今日はパラドックスの初めてのライブ、そして全てオリジナル曲でお送りします!」とのこと!棚部さん以下、メンバーのライブに掛ける思いが伝わって来るようなライブが始まりました!

 そして「パラドックス」の初めてのライブなのに、どうも1stアルバムに収録されていない曲もやっているようです。そして1stステージを聴き終えましたが、初めてのライブでこれだけのクオリティ、なかなか素晴らしいです!棚部さんの曲は、独特で一筋縄では行かないような難しいフレーズもあり、良く集まって練習を重ねていました!

 アンコールでは記憶に無いような曲もやっていて、もう25年以上前のことなので、多分忘れているんでしょうね。棚部さんはメンバー紹介で、ベースの竹田君を「ミスター・クールマン!」と呼んでいました。リーダーの棚部さんの並々ならぬ思いも十二分に伝わってくる様な「パラドックス」の初ライブでした!僕はこの時、36歳。
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プロフィール

masatomatsuda

Author:masatomatsuda
◯松田真人へのメールは
<requiemmasatomatsuda@gmail.com>へお願い致します!

◯松田真人(ピアノ、キーボード、シンセサイザー、作・編曲、プログラミング、ヴォーカル)

1956年(昭和31年)2月25日北海道小樽市に生まれる 星座 魚座 血液型 B型
1974年(昭和49年)北海道小樽市立小樽潮陵高等学校を卒業
1978年(昭和53年)国立音楽大学教育音楽学科第1類を首席で卒業
1979年(昭和54年)都立志村高等学校の音楽教師を1年で退職

 母親の薦めで、5歳7ヶ月頃よりオルガンを始め、6歳7ヶ月頃にピアノを習い始める。小学時代より流行歌に魅せられ、中学時代にはラジオから聞こえて来た洋楽を聴いたことが切っ掛けで、より一層音楽に夢中になり、高校時代にはキング・クリムゾン、エルトン・ジョン、イフ、サンタナ、チック・コリア等の影響を受け、大学時代はスクリャービン、ラフマニノフ等のクラシック音楽に傾倒する。

 国立音楽大学に入学してからは、特にクラシック音楽の作曲に没頭し、卒業後は都立志村高校の音楽教師になるが、1年で退職して因幡晃のツアーに参加、プロミュージシャンとなる。

 1985年にはバンド「パラダイムシフト」(ギター:松下誠、ベース:富倉安生、ドラムス:宮崎全弘)に参加。1992年にはバンド「パラドックス」(ギター:棚部陽一、ベース:竹田弘樹、ドラムス:菅沼孝三)に参加。

 現在までに、来生たかお、山下達郎、谷村新司、ボブ佐久間、玉置浩二、安全地帯、千住明、辛島美登里、Kinki Kids、竹内まりや、福山雅治、渡辺真知子、叶正子、村下孝蔵、因幡晃などのツアーやレコーディングに参加をする。1999年からは、自己のピアノソロライブを行い好評を博す。近年(2004年以降)は、オーケストラとの共演にもその音楽活動の幅を拡げている。現在も、スタジオワークとライブのサポートの双方の活動を精力的に展開中。
 
 2001年10月20日に自主制作で初のピアノソロアルバム(1stアルバム)「心ときめいて」(自主制作/ライブ盤)を発表。2003年02月23日にはクラシックの楽曲を収めたピアノソロアルバム(2ndアルバム)「Story of Romantic Melodies」(自主制作/ライブ盤)を発表。2005年09月18日には3rdアルバム「Requiem」(自主制作/スタジオ録音盤)を発表。2007年09月13日には4thアルバム「あたたかな時間」(自主制作/スタジオ録音盤)を発表。

 2014年の秋から「Paradigm Shift(パラダイムシフト)」の活動に再び参加。

 2018年04月27日に株式会社DELLA(デラ)よりCD「眠りのジャズ / 松田真人」を発表。06月25日付でオリコンの業界紙「コンフィデンス」のアルバムチャート82位に入る。2019年03月29日には株式会社DELLA(デラ)より第二弾のCD「夜カフェ〜ジャズ・ピアノ」を発表。

 2018年6月よりシンガー・ソング・ライター小田純平のサポートに参加。

 2022年10月より石川さゆりさんのサポートに参加。

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